笑うスリランカ人
2003年2月11日新しく入ったペンキ屋には3人の外国人の職人がいる。
2人のガーナ人と1人のスリランカ人。
その中の1人スリランカ人のミスター・チャンドラーと俺はすぐに仲良くなった。
彼は故郷では印刷会社の社長をしていたという。
まだ日本に来て5年くらいだと言う事だが、彼の操る日本語はなかなかのものである。
ヘタすると茨城あたりのおじさんよりわかりやすいかもしれない。
それも全部独学で覚えたと言うから驚きである。
人間がんばればそのくらいの事ができるものなのだ。すげーぜ。
彼の経営していたスリランカの印刷工場は戦争の影響もあってやむなく閉鎖して、給料の良い日本に出稼ぎに来ているというのだが、今の日給は¥8,000−である。
小田急相模原の安アパートに住みながら故郷の妻と子へ毎月10万くらいの仕送りをしているという。
20日働いて16万。この仕事は雨なら休みだからたいていは働けても22〜23日がいいとこである。
残りのお金で生活するには日本はあまりにも物価が高い。
コンビニで売れ残って5個入り100円に値下げしたパンを2日に分けて喰ったりもするらしい。
大変な頑張りやさんである。
そんな境遇にもかかわらず、彼はいつもにこやかに笑っている。
スリランカは敬虔な仏教徒の国。
ブッダの教えに、つらくても笑っていなさいとあるらしい。
俺の境遇も彼と似たり寄ったりでつらいこともあるが、彼を見習って笑っていたいと思う。
2人のガーナ人と1人のスリランカ人。
その中の1人スリランカ人のミスター・チャンドラーと俺はすぐに仲良くなった。
彼は故郷では印刷会社の社長をしていたという。
まだ日本に来て5年くらいだと言う事だが、彼の操る日本語はなかなかのものである。
ヘタすると茨城あたりのおじさんよりわかりやすいかもしれない。
それも全部独学で覚えたと言うから驚きである。
人間がんばればそのくらいの事ができるものなのだ。すげーぜ。
彼の経営していたスリランカの印刷工場は戦争の影響もあってやむなく閉鎖して、給料の良い日本に出稼ぎに来ているというのだが、今の日給は¥8,000−である。
小田急相模原の安アパートに住みながら故郷の妻と子へ毎月10万くらいの仕送りをしているという。
20日働いて16万。この仕事は雨なら休みだからたいていは働けても22〜23日がいいとこである。
残りのお金で生活するには日本はあまりにも物価が高い。
コンビニで売れ残って5個入り100円に値下げしたパンを2日に分けて喰ったりもするらしい。
大変な頑張りやさんである。
そんな境遇にもかかわらず、彼はいつもにこやかに笑っている。
スリランカは敬虔な仏教徒の国。
ブッダの教えに、つらくても笑っていなさいとあるらしい。
俺の境遇も彼と似たり寄ったりでつらいこともあるが、彼を見習って笑っていたいと思う。
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